【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第5話 (2/4ページ)

Japaaan

大川沿いをつうっと走り、本所竪川の北岸相生町を北に入った松坂町に国芳の棲み家はあった。一昔前は吉良上野介の屋敷があった辺りである。表通りから町木戸をくぐって入れば、狭い路地に裏長屋が密集している。その中の一戸に国芳の親友が暮らしており、国芳はそこの居候だ。勝手を除くと手前四畳、奥が六畳の二間三間の間取りである。

「佐吉!佐吉!」

国芳は土間に飛び込み焦ったようにその名を呼んだ。

「佐吉はここだよ、芳さん」

奥の間から声がした。

障子をすぱんと開くと佐吉と呼ばれた男が綿入りの夜着を被って長火鉢の傍に寝そべっていた。茶碗酒を舐めつつ、蓋を外した瓦灯の灯りでゆったり黄表紙を読んでいる。

「落っこちた!」

国芳の慌てた声で、佐吉は役者のように整った眉を上げた。

「どこに?」

「とおんと!」

「あ、もしかして肥溜め?」

「違わア馬鹿!惚れたってんだよ、女に!」

「なんだ、そっちか」

佐吉はへらへら笑いながら身を起こした。

すだれのような長いまつげの奥に、見事な切れ長の目が透ける。小鬢と月代はこざっぱりと潔く、横鬢の毛が一条(ひとすじ)しどけなく色白の頬にかかっている。

恐ろしいほどの、色男だった。

「今度はどこの姐さんだい」

「吉原」

「へえ、あんた北(よしわら)に行く金なんぞねえだろ。あれか、蹴(け)ころか」

蹴ころとは、吉原遊廓内で最下級の女郎だ。彼女たちは見世に置かれているわけではなく、羅生門河岸に寄り集まり、犬小屋に毛が生えた程度の小屋を並べている。梅毒(かさ)や年齢で見世に居られなくなった女郎たちがひしめく、掃き溜めのような場所である。

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