アウトローも変心させた「仏教の名言」(4)転職したいと思ったら… (2/2ページ)
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親鸞
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週刊アサヒ芸能 2018年 5/31号
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向谷匡史
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仏教
日も暮れたので明日にしようという先達の言葉に、明日はどうなるかわからない、夜に嵐が吹いて桜は散ってしまうかもしれないと、今すぐに儀式をしてほしいという思いを歌に託したものと言われています。『明日はないよ』と言っているのです」
喫茶去(きっさこ)(趙州/じょうしゅう)
──人生の不条理を無心で受け容れよ──
向谷氏の本に、ヤクザ稼業に足を踏み入れたばかりの新人ヤクザに対して、ある組の幹部が「オレたちゃ、今日は無事でも明日はわからねぇ。ヤクザは今日のことだけ考えてりゃいいんだ」と、この言葉を贈ったエピソードが紹介されている。
唐代の禅僧である趙州が、訪ねてきた誰に対しても「まずはお茶をお飲み」とお茶を勧めた。人生は思うようになかなかいかない不条理なもの、そこで無心にお茶を飲み、明日のことは思い煩わず、今のことだけを考え無心に生きる、というふうに割り切ること。「オレはこのままでいいのか」と悩んでいたその新人は、迷いがふっ切れたという。
「今を大事にしないから、明日にいいことがあるんじゃないかと青い鳥を探して歩く、甘い期待をしてしまうんです。『今、今、今』の集大成、連続が人生であって、今をどうするかということに集中することが大事だと学んだんです」
定年を間近に控えたり、年金生活に入るといった時期になると、年金がどうなるとか、経済的な生活設計をどうするか、という近い未来のことで思い悩む人も多いだろう。
「それもまた何かをアテにする考え方です。自分は生涯現役で働くのだ、年金とかそういうものに頼らないんだという気持ちをまず持つことだと思います。例えば電車に乗った時に座りたいと思うから、腹が立ったりイライラしたりする。初めから座らないと思っていれば、立っていたってなんともないわけです。将来の年金をアテにするから、気を揉むことになる。年金が入ってくるのなら、それはそれでいいことだけど、自分は自分で生涯働くんだという腹のくくり方も必要だと思うのです。人間には煩悩があるから当然、不安は消えないけれど、その飼い慣らし方を知ること。だから明日を思い患うのは、意味がないと知るべき」