女性の宮仕えは玉の輿への道!?平安女流歌人たちのシンデレラストーリー (3/3ページ)

Japaaan

Wikipedia-高階貴子より

その知性を認められ、内裏の女官を統率する内侍の役職を務めた彼女は、宮中で後の関白・藤原道隆と出会い北の方(正妻)となりました。『栄華物語』には「多情な道隆が、彼女をすぐさま正妻に迎えた」とあり、その執心ぶがよく分かります。

皇后定子が知性と教養で一条天皇の心を射止め最愛の后となったのも、伊周が20歳にして権大納言とスピード出世を果たしたのも、実家での貴子の教育あればこそでしょう。

清少納言は著書の中で
「結婚前に内侍などの役職に就いて活躍していた女性が妻なら、結婚して家に入ってからもその経験が夫の職務に役立つことがある。それに妻が時々内裏に参内したり、朝廷の使いなどに立つのも、とても鼻の高いことではないかしら?」

と言っています。当時としてはかなり斬新な発想でしょうが、だからこそ当時の女性の読者たちは『枕草子』に夢中になったのかもしれませんね。

【参考文献】
◯『枕草子のたくらみ』 著:山本淳子
◯『百人一首物語』 著:福田清人

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

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