持つべきは心を許せる同志。室町時代を築いたレジェンド・足利尊氏の生涯に迫る!その4 (1/2ページ)
前回は足利尊氏による武士を守るための勢力が樹立されたことと、それに前後して起きた諸問題のために反逆者の汚名を受けるまでをお話しました。
弟のピンチに取った行動とは?室町時代を築いたレジェンド・足利尊氏の生涯に迫る!その3今回はその汚名を返上した尊氏の戦いを紹介致します。
義貞なんて怖くない!でも、帝とは争いたくない…悩める尊氏は引きこもる
箱根山
ところで、新田義貞が朝廷を味方にして攻めて来た時に尊氏は何をしていたでしょうか。戦の支度をしていたと思いきや、断髪して出家しようと寺に籠っていたのです。後醍醐天皇を敬愛する忠義の心を保ち続けていた尊氏は、『私は陛下に背く気はありません。お許し下さい』と訴えるべく、出家を望んだのでした。
しかし、新田軍の猛攻によって家臣の高師直(こうの・もろなお)や弟の直義が殺されかけたと聞いた時、尊氏は腹をくくります。一門、とくに弟が死んでしまえば自分に生きる意味は無いと奮起した戦の天才・尊氏の出陣によって足利軍は勢いを盛り返したのでした。
義貞も決して弱い武将ではなかったのですが、尊氏が相手では分が悪く、箱根・竹ノ下の戦いで打ち負かされた新田軍は総崩れに陥り、潰走を余儀なくされます。1335年の12月のことでした。
