大谷翔平の二刀流どころか九刀流も!? プロ野球界「激レアさん」連れてきた! (2/4ページ)
二刀流どころか九刀流!? 投手を含めた、9つのポジションすべてを守った選手が2人いる。64~82年、南海や東映などで活躍した高橋博士と、オリックスや近鉄でプレーし、現在はソフトバンクのコーチを務める五十嵐章人。特に、高橋は74年9月29日の南海戦で、1試合で全ポジション出場を果たすという快挙を成し遂げている。高橋が南海から東映に移る際、トレード相手だったのが、現野球評論家の江本孟紀氏。江本氏が当時を振り返る。「特に親しい選手ではありませんが、話ぐらいはしましたよ。全部のポジションをやるということは捕手ができるということですから、それは大したものだと思います」
ポジションだけでなく、驚くほど数多くの球団を渡り歩いたのが、後藤修。松竹ロビンスに始まり、大洋松竹ロビンス、東映、大映スターズ、巨人、近鉄、南海、西鉄と全部で8球団を渡り歩いた。この数は、現在でもプロ野球記録である。後藤は引退後、ゴルフのティーチング・プロとなり、尾崎将司や中嶋常幸などを指導。ゴルフに関する数々の著書を持っている。引退後の第二の人生も激レアだ。
■陸上のスプリンターがプロ野球選手に
最も有名なのが、陸上競技のスプリンターを、盗塁のスペシャリストとして使おうというアイデア。当時、ロッテの永田雅一オーナーの肝いりで白羽の矢が立ったのが、当時100メートルの日本記録を持っていた飯島秀雄だ。69年に、「日本初の代走専門選手」として、プロ野球界入りを果たした。「走塁コーチとして入団するはずが、いつの間にか選手登録になっていた」という逸話が、「永田マジック」の強引さを物語っている。今で言えば、桐生祥秀や、ケンブリッジ飛鳥が入団するような話と聞けば、激レアさがよく分かるだろう。