亡くなった方のサイトやブログ、SNSなどデジタル上のお墓について

心に残る家族葬

亡くなった方のサイトやブログ、SNSなどデジタル上のお墓について

インターネットが一般に普及して20年程が経つ。さらに「パソコン通信」と呼ばれ、一部の人達の間で機能していた80年代にさかのぼれば40年が経とうしている今、個人のホームページ、ブログ、SNSのアカウントなどその管理者が死亡している場合も当然あり、それが年々増えているのも必然であろう。ネットにアクセスすれば生きている人達の声に溢れている。そして同時にかつて生きていた人たちの残骸も多くある。そこには彼らの想い、遺された人たちの情念、ある種のおぞましさまでがつまっている。管理者亡きサイト・アカウントはデジタル時代における新しい形の墓標といえる。

■「デジタル墓」の光と闇

筆者が参加しているSNSにも管理者が死亡して更新が止まっているアカウントがあり、通知などができる権限を持つ友人がその旨を説明しているが、ログイン自体はできない為、現在もそのまま維持されている。

FacebookやTwitterでは追悼アカウントの申請ができるようになるなど対応が進められているが、個人や企業の情報漏洩など課題が残っている。ブログなどは闘病中の管理者から委託されて管理していた遺族が残してある場合も多い。

■故人サイトに寄せられるコメントは、いわば墓参・献花の一種

サイトなりブログなりが墓なら、逝去後もコメント欄に寄せられる声は、墓参・献花だと言えるだろう。数年前事故で急逝したタレントのブログ欄に、未だ多くのコメントが寄せられているという記事を読んだ。このタレントを偲ぶファンたちによるものだ。他にも有名人や闘病記を綴っていた人のブログやSNSに、現在もコメントが絶えない例はいくつか見受けられる。誕生日にはお祝いの、命日にはお悔やみのメッセージが書き込まれ、「生きる希望をもらいました」「一生忘れません」など、故人の「意志」を継ぎ、未来につなぐ声も多い。

人が本当に死ぬとは忘れられることである。存在そのものが無かったことになることだ。逆に言えば人々の記憶に残り、語り継がれる時、その人は死んではいない。現実の墓で死者と語り合うように彼らはデジタル空間の墓で語り合っているのである。

■一方で心無いコメントが寄せられることも…

一方で、こうした現象に某大手掲示板では「怖い」「病んでいる」といった声も投げられていた。「墓参コメント」の中には情念を抑えられきれない人の、やや理解に苦しむ文章も点在する。親しい人、大切な人を偲ぶことは当然であるが、それにも拘わらずある種の「おぞましさ」を感じる声もあるのは、この世ならざる存在=死者に執着する姿に尋常ならざるものを感じたからではないだろうか。以前書いた「恐山」に参拝し死者と「交流」する人達を、外部から見た場合に感じる正直な感想かもしれない。

また、自殺志願者の死に至るまでの過程や慟哭が綴られているサイトなど、墓参などのどかな風景とはかけ離れている「負の墓」も存在する。そこは同じく死に魅入られた人、生きることに絶望を感じている人たちの叫びの場となっている。いずれの場合においても、デジタル時代における墓も恐山と同じく、死者への執着・情念を発散する「パワーレススポット」として機能しているのではないだろうか。

■「デジタル墓」も手入れをしないと廃れていく

管理者が死亡したままのサイトを追跡している古田雄介氏は、サイトも現実の墓と同様に生きている人が管理、手入れをしないと廃墟になってしまうと指摘する。筆者もいくつか知っているが、コメント欄が大量のスパムに覆い尽くされた様子はまさに朽ち果てた荒れ寺そのものである。

しかし、現実にはかつて主流だった個人のホームページや、初期のブログなどは運営会社の事情や意向で残っていないものも多い。筆者も最近、昔書いていたブログの運営会社から、レンタルスペースを閉鎖するので期日までの保存・移行を推奨する旨の通知が届いた。吉田氏も指摘するように10~20年後も残っているものはほとんどない可能性が高い。一方で氏は「LINEが出てきてからクローズドな交流の場も増えているので、全公開のまま無防備に放置される事例は今後減っていくかもしれません」とも指摘している。これからもデジタル空間の「墓」は形と場所を変えて存在し続けるだろう。

■デジタル時代の死生観

デジタル空間においては生者と死者が複雑に交錯している。我々はまだデジタル空間における死者との付き合い方に慣れていない。半世紀前にはありえなかった新しい環境では、新しい死生観の構築が求められる。

一方で生まれながらにパソコン・スマホがある「デジタルネイティブ」世代にはこの迷いはあるだろうか。現実の死と向き合う数少ない場である葬儀に参列する機会が少なくなっている世代にとって、現実とバーチャルの区別がつきにくくなる状況における新しい教育が必要だろう。それは現実とは何か?生とは、死とは何か?を問いただす機会でもある。

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