【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第10話 (3/4ページ)
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見つめるたびにきらきらと強い目をまっすぐ差し向けてきたあの男の笑顔を、一刻も早く振り払ってしまいたかった。
どさり。
二人の身体が、分厚い綿の詰まったやわらかな掻巻の上に転げた。
「痛てえ。花魁、何すんでえ・・・・・・」
身を起こそうとした佐吉にかぶさるようにして、みつはそのくちびるを塞いだ。
しばらくくちびるを合わせたまま、みつは呼吸(いき)を詰めて男が応えるのを待った。
しかしいくら待っても佐吉は舌の先すら差し込んで来ない。
みつは失望して男を突き放し、
「あちきに触れぬ佐吉はんが憎うござんす」
いじらしい薄墨の目で佐吉を睨みつけた。
佐吉は一瞬何か迷ったような表情をしたが、すぐにやわらかく微笑して、みつの白い頬に指を触れた。
「ごめん」
子どもが悪さをごまかす時のようなあいまいな微笑を浮かべて、佐吉が言った。
佐吉の頭の中には二人の姿がある。
一人は国芳だ。
国芳が惚れている女に触れる事などは、己の道義に誓って出来ない。
(それに、・・・・・・)
もう一つの事の方が、佐吉にとっては切実だった。
佐吉は呼吸を置いて、真実を言った。
「あんた、似てるんだ。昔死んじまった姉さんに」。