大奥をつくった春日局。男色好みの家光を女性に目覚めさせた功績はあっぱれ (1/2ページ)

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大奥をつくった春日局。男色好みの家光を女性に目覚めさせた功績はあっぱれ

キャリアウーマン 春日局

オンナだけの領域といえば、大奥。この大奥の制度の基盤をつくったのが、春日局(お福)でした。彼女は行動力があって勇敢で、自分の考えをしっかりと持っている、今でいうバリバリのキャリアウーマンそのもの。

そんな彼女ですが、はじめは竹千代(三代将軍家光)の乳母でした。養女として引き取られた家に後妻として入ったものの、のちに夫が浪人の身となったことで離縁しています。そして、長男一人を連れて、お福は江戸へ下ったのでした。

春日局(斎藤福)Wikipediaより

そこで、ちょうど竹千代の乳母を募集していることを知ったのですね。当時、お福は26歳。若くしてシングルマザーになった彼女は、バリバリ働こうと気合も十分。見事、乳母として採用され、その2年後には、竹千代に国松という弟が誕生します。この国松がたいそう利口だったようで、母親は国松ばかりを可愛がり、生まれつき病弱で気まぐれだった竹千代のことは疎んじていたのです。しかも、弟の国松を次期将軍にと考えだし…。

これはいかんぜよと立ち上がったのが、お福です。

家光を女性に目覚めさせ…

竹千代が赤ちゃんのときからお世話をしていたお福は、「長子相続であるべき!」と駿府に隠居している大御所の家康に直訴したのです!この行動力、ハンパないですよね。普通だったら最初からあきらめたり、家康に直々にいうなんて…と怖気づいてしまいそうですが、お福は家康の前であろうとひるみません。

こうした働きかけの甲斐あって、竹千代の将軍継嗣が見事実現したのです!そして、竹千代の母が死去した後は、大奥総取締役に命じられたお福。もちろん、このとき、彼女は45歳でした。そして、大奥の制度改革に着手するのです。

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