知られざる日本の「エレキギター」コピーモデル黒歴史 (2/2ページ)

まいじつ

ギブソンが長年にわたってコピーモデルを容認してきたこと、コピー商品があまりに氾濫したため、結局は本家の名声と価値を高めることになった、というのが主な理由であった。

もっともフェルナンデスのギターがいいかげんなものだったら負けていたのかもしれない。そのコピーの精巧さ故に、本家のイメージを壊さなかったことが勝訴の一因なのは間違いないだろう。

一方のフェンダー社は、いち早く日本に販売代理店を設け対応。フェルナンデスはフェンダーそっくりのロゴを一新せざるを得なかった。だが、フェンダージャパンのギターを製造していたのは、何と当時のグレコギターを製造していた富士弦楽器製造だったという。つまり、フェンダーも日本のコピー技術を認めていたということになる。

ギブソン社には倒産してほしくないが、日本の優秀な製造会社が商標を買い取って、その名と技術を存続する、という手もあるのではないだろうか。

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hakuna_jina / Shutterstock

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