最初は医療目的だった?江戸〜明治時代に遡って日本の海水浴の歴史をたどってみました! (2/4ページ)

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小国政「大礒海水浴 富士遠景図」

それまで、先に述べた潮湯治は行われていましたが、日本ではまだ医療として確立したものではなかったためか、大磯に海水浴場を開設するにあたり、周囲の賛同を得ることは難しかったそうです。建設資金の不足などは会員を募り、渋沢栄一や安田善次郎らの協力も得ていました。

大磯海水浴場は医療施設であったため、治療目的に来る人たちが養性をとるための旅館「祷龍館」も併設。この祷龍館は病院としての役目も果たしていました。

歌川国貞(3代)「祷龍館繁栄之図」

海水浴場があり宿泊施設がある。まさに現在の海水浴場の始まりです。現在、大磯は「海水浴場発祥の地」と呼ばれ、松本順は「海水浴場の父」と讃えられています。

シマウマ水着のブーム到来

大磯海水浴場は広告なども活発に打つことで集客を増やし、大変な繁栄をします。海水浴に訪れる人々の目的は医療から徐々にレジャーへと移っていきます。そして明治時代の鉄道の普及も後押しし、全国的に海水浴場が設置されていくこととなりました。

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