恋?それとも戦略?枕草子のやりとりを探る:歌人で美男子 藤原斉信 編 (2/3ページ)

Japaaan

歌人で美男子だった頭中将・藤原斉信

藤原斉信(ふじわらのただのぶ)とは、平安中期の公卿であり歌人。藤原北家の生まれで、父は太政大臣・藤原為光です。蔵人頭をつとめた後、正二位の大納言となります。藤原公任・藤原行成・源俊賢と並び、一条天皇時代に活躍した四納言として知られています。

高貴な身分で文化人。おまけに美男子。花形の近衛中将だったため、宮廷の女官たちにも人気だったとか。

斉信は蔵人頭をつとめていたころ、中宮定子のサロンとも親しく交流していました。紹介するのはそのころの清少納言とのかかわりです。

「枕草子」の「故殿の御ために、月ごとの十日」の段にこのようなやりとりがあります。

わざと呼びも出で、会ふ所ごとにては、「などかまろをまことに近く語らひたまはぬ。さすがにくしと思ひたるにはあらずと知りたるを、いとあやしくなむおぼゆる。かばかり年ごろになりぬる得意の、うとくてやむはなし。殿上などに、明け暮れなきをりもあらば、何事をか思ひ出でにせむ」

「枕草子」(校注・訳:松尾聰・永井和子「新編日本古典文学全集」/小学館より)

これは斉信が清少納言を呼び出して言った言葉です。「なぜ私と本気で親しく付き合ってくれないのか。これほど長年のなじみなのに、このままよそよしくしていることもないでしょう。今後殿上の間に顔を出せなくなったら、私はいったい何を(あなたとの)思い出にすればいいのでしょう」という内容。

男女の仲をほのめかしている表現ですね。

これに対して清少納言は、

「さらなり。かたかるべき事にもあらぬを、さもあらむ後には、えほめたてまつらざらむが、くちをしきなり。上の御前などにても、やくとあづかりてほめきこゆるに、いかでか。ただおぼせかし。かたはらいたく、心の鬼出で来て、言ひにくくなりはべりなむ」

「枕草子」(校注・訳:松尾聰・永井和子「新編日本古典文学全集」/小学館より)

と答えています。内容は、「言うまでもないことです。

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