江戸の離婚事情!江戸時代ってどんな理由で、どうやって離婚してたの? (2/3ページ)

Japaaan

東慶寺の山門 Wikipediaより

話し合いが困難な場合には、駆け込んだ妻が一定期間(東慶寺では24ヶ月)縁切寺に滞在する事で強制的に離縁が成立し、夫は離縁状を書かなくてはなりませんでした。

寺に滞在する間、妻は出家するわけではなく寺の日々の雑務を手伝いながら過ごしたそうです。

気になる離婚理由は?

気になるのが江戸時代の離婚理由ですよね。離縁状にはマイナスな事を書くと双方の再婚に支障があるため、思いやりで特に理由を書いていなかったり、「深かるべき御縁が浅かったため」というマイルドな理由付けものが多数を占めます。

しかし中には「妻が同じ村の誰某と浮気して家を出て行ったため」であったり、反対に夫の浮気やDV、悪所通いや博打の大借金が原因の場合もありました。

春画に学ぶお江戸の性事情。
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