「夏の甲子園第11回大会」真紅の大優勝旗が初めて四国に持ち帰った高松商 (1/2ページ)
1915年に第1回の夏の選手権が開催されて以降、四国勢として初めて夏の甲子園で優勝を飾ったのが25年第11回大会の高松商(香川)である。同年春に開催された第2回春の選抜では同じ四国勢の松山商(愛媛)の前に決勝戦で2‐3と惜敗。準優勝に泣いたが、夏の選手権でみごとにリベンジを果たしたのだ。
主力は剛球が武器の宮武三郎(元・阪急)と左腕からひねくれ球を操る本田竹蔵(関大)の2枚エースと剛打の三塁手・水原茂(元・読売)らの大型チームで、初戦の東山中(現・東山=京都)戦を14‐0という大差で勝利。投げては宮武-本田の継投策で13奪三振。攻めては12安打を放ち、特に二塁手の多胡隆義(慶大)は二塁打1、三塁打1、本塁打1の計3安打をマーク。“恐怖の8番打者”として観客を沸かせている。
準々決勝では静岡中(現・静岡)相手にまたも宮武-本田のリレーが決まり、15奪三振。宮武は打でも三塁打を含む3安打を放ち気を吐く。結局、4‐1で快勝を収めている。さらに準決勝では大連商(満州)を9‐2で一蹴し、四国勢として初めて夏の甲子園の決勝戦へと進出したのだった。
決勝戦の相手は東の雄・早稲田実(東京)。好投手・高橋を中心にした投攻守にバランスの良いチームだったが、高松商は2回表にこの高橋を一気に攻略。左バッターの小島正が満塁で三塁打を放つなど一挙5得点を挙げ、試合の主導権を握った。そしてこの試合も宮武-本田の継投で締め、早実の反撃を8回裏の3点だけに抑え、5‐3で勝利。この高松商の優勝で初めて深紅の大優勝旗が四国へと渡ることとなったのだ。それは四国球界全体の悲願が叶った瞬間でもあった。
この優勝から2年後の27年第13回大会で、高松商は2度目の優勝を果たす。2年前と同様に2人の投手を併用しての栄冠であった。1人は巨体から放る速球とドロップに威力のある井川喜代一(慶大)。そしてもう1人が2年前の優勝時にはサードを守っていた水原茂である。水原はサイドスローで一球ごとに「どうだ!」と気合いのかけ声を入れる独特の投法を持ち味としていた。
初戦の相手は第一神港商(現・神港橘=兵庫)。まずはこれに8‐1で快勝する。水原が被安打3で完投すれば、打線は11安打。中でも4番の井川は三塁打と本塁打を1本ずつ放ち、豪打者ぶりを発揮した。