他人に流される人に決定的に欠けているもの (4/4ページ)

新刊JP

カラオケボックスでアルバイトをしたり、日雇いの仕事をしたり、人に助けてもらったりして、何とか借金の金利だけ払い続ける日々でしたね。弟の家に転がり込んで世話になったりもしましたし。

倉庫の仕分けの日雇い仕事でお台場の方に行くときに、モノレールの中でスティックパンと紙パックの牛乳で食事をして、情けなさに泣きながら通っていたのは今でも覚えています。大体夜通しの作業になるんですけど、夜の2時くらいに休憩があってみんなが休憩したり、カップラーメンを食べたりしているのを見ると、誰も彼も本当に覇気がなくてどんよりした顔をしているんですよね。こんなところにいてはダメだと思ったんですけど、でも向こうから見たら僕も同じように見えていたはずです。

――そこからどうやって復活したのでしょうか。

大坪:お台場で作業が終わってから、早朝に品川までバスで帰っていたんですけど、車窓から30人くらいでラジオ体操をしているおじさんが見えたんです。

僕は母子家庭で、母親が工場で働きながら育ててくれたんですけど、その母がやっぱりラジオ体操を朝やっているって言っていたんですね。その光景を見て「こんな時間からがんばって僕らを養ってくれていたんやな」と、そんな母のことを思い出して目が覚めました。「俺は何をしているんだ」と思いました。もう一度やり直そうと。

すぐ日雇いの仕事もカラオケボックスも辞めました。お金はなかったですけど、「そんなことをやっている場合じゃない」という気持ちが強かったです。今はコンサルティングやセミナーの仕事をしているんですけど、始めたのはこのあたりからです。

――コンサルティングというのはそんなに簡単にはじめられるものなんですか?

大坪:経営者時代の人脈が多少ありましたし、本を読むのが好きで、自分がなぜ若くして金持ちになれたのか、なぜすぐ失敗して全て失ってしまうのか、なぜお金がある時に集まってきた人が、落ちた瞬間に去っていったのか、といったことを自分なりに研究していたことも役立ちました。人とお金についての疑問を解決したかったんです。

とはいえ、コンサルタントになろうと思ってなったわけではありません。居酒屋で知り合いの経営者と会っている時に、営業成績が伸びない従業員がいて…ということを相談されたんです。それに乗っていたらお礼を言われるようになって、段々いろんな人から相談を受けるようになりました。

ある時、暇な時に会社に来て従業員と会ってくれないかと言われたので、行って相談に乗ったんです。こっちはコンサルティングのつもりなんてなくて、恋愛相談に乗るような感じだったんですけど。その時のアドバイスで結果が出たようで、「ただというわけにはいかないから受け取ってくれ」ということでお金をいただいたのが最初のコンサルティングの体験ですね。
(後編につづく)

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