雪隠、東司、後架…いくつ読める?いろいろあるトイレの呼び方 (2/3ページ)
女性はトイレに行くのも一苦労、落書きもあった江戸時代のトイレ事情
雪隠(せっちん)はっきりとした由来はなく、有力な説では中国の霊隠寺でトイレ掃除を熱心に行っていた「雪とう」という和尚の名前の「雪」とお寺の名前の「隠」を取ったのが始まり、というものがあります。
また、西浄(せいちん)という名の転化とも言われています。西浄の由来は西序(せいじょ)の人が用いるからで、西序とは禅宗で高僧が就く職位のこと。
由来の由来になってしまいましたが、要するに禅宗において西序の人が使っていた便所を西浄といい、それが訛って雪隠になったという説ですね。中国では便所を雪隠と呼ぶことはないため、後者の方が有力かもしれません。
また、茶会でしつらえた便所のことも砂雪隠といいます。茶の湯は戦国時代に確立したもので、当時の武将は禅宗に帰依していた者が多かったので、やはり禅宗由来と言えるでしょう。
東司(とうす)今でも使われる、禅宗でのお手洗いの呼び方です。京都の東福寺の東司が有名で、日本最古のお手洗い建築物として重要文化財に指定されています。雪隠と同じく、語源の由来ははっきりとしません。
ただ、東司という建物は禅宗の建築様式である七堂伽藍の一つで、鎌倉時代には左右対称の配置となっていました。
七つというのは、仏殿(ぶつでん)、法堂(はっとう)、三門(さんもん)、僧堂(そうどう)、庫裏(くり)、浴室(よくしつ)、東司(とうす)です。
東司の対象には浴室が置かれますが、東司が西の方角に置かれている寺もあるため、「東にあるから東司と呼ぶ」という考え方は安易なようです。もしくは最初は東の方角に建てていたものの、立地条件などで難しかったり、意味が形骸化し左右対象ならどちらでもいいということになったのかもしれません。
