ヒトラー、プーチン、カダフィ…独裁者だけが持つ非凡な人心掌握術 (1/2ページ)
ヒトラーにスターリン、フィデル・カストロ、カダフィ大佐、プーチン、毛沢東……。
歴史上には「独裁者」と評される政治リーダーがいる。多くは死後も毀誉褒貶があり、ほとんどは「悪の権化」として断罪されている。日本でも「独裁者」のイメージは基本的には良くない。
しかし、当然ながら独裁者は誰にでもなれるものではない。選挙プロセスを経る以上、国民からの一定の支持は必要だし、カダフィのようにクーデターや革命で政権を奪取した人物にしても、同志が一枚岩でないと密告のリスクが常に付きまとう、危ない賭けに勝ったわけである。誤解を恐れずにいえば、彼らは良くも悪くも「非凡」ではあったのだろう。
■「弱者」から熱烈に支持される独裁者たちでは、その非凡さはどんなところにあったのだろうか。
『独裁者たちの人を動かす技術』(真山知幸著、すばる舎刊)は、歴史上のさまざまな「独裁者」の言動にスポットライトを当て、その非凡さの秘密を解き明かしていく。
たとえば、独裁者のカリスマ性の一要素として、その人心掌握術が挙げられることは多い。彼らはどのように国民の心をつかんでいたのだろうか。
まず、多くの独裁者に言えるのは貧困層や社会的弱者から熱烈な支持を受けていた点だ。ヒトラーは失業者問題に熱心に取り組み、カダフィは教育・医療を無料化するなど、支持層の期待に応えた。
彼らが本心から「弱者の味方」だったかどうかはわからないが、間違いなく言えるのは、大衆の不満を読むのに長けていた点だ。独裁者というのは、基本的に既存政治をくつがえす「ポピュリスト」として頭角を現すのである。
■ヒトラーにチャベス…敵を作りながら強い味方も作った独裁者では、独裁者の高圧的で強権的なイメージはどこから来るのだろうか。
もちろん、それは彼らの政策によるところも大きいが、「極端で過激な物言い」も多分に影響している。
極端で過激な物言いというのは、「明確なターゲットを定めてそれ以外の層には配慮しない」ということであり、「皆が思っていながら口に出さないことを、大声で叫ぶ」ということだ。