武士の肝試し:幽霊なんか怖くない?頼光四天王「平季武」の肝試しエピソード(下)

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武士の肝試し:幽霊なんか怖くない?頼光四天王「平季武」の肝試しエピソード(下)

前回のあらすじ・平季武、産女の幽霊に遭遇!

「とある川の渡しに、夜な夜な産女の幽霊が出るらしい」

そんな「幽霊スポット」の噂を聞いて「俺が今から行って来てやる」と名乗り出た豪傑・平季武は夜更けに現地へ。「季武が腰を抜かすところを見届けてやろうぜ」と後からついて行った若武者たちは、とんでもない光景を目にすることに。

それは、季武の前に出現した産女の幽霊でした。

武士の肝試し:幽霊なんか怖くない?頼光四天王「平季武」の肝試しエピソード(上)

幽霊から赤子を奪取!季武の豪胆

葛飾北斎『和漢絵本魁』より、「卜部季武 姑獲鳥(産女)を懲す」天保七1836年。

「この子を抱きなさい……抱きなさい……」

原文「此レ抱ゝケ(これいだけ、これいだけ)」

泣きわめく赤子を差し出して呼びかける産女の幽霊。

常人なら魂消(たまげ)てしまうであろう事態を前にしても、毫も怯まぬ辺りはさすがの豪傑。

「さぁ抱いてやろうじゃねぇか、てめぇこの野郎!」

原文「イデ抱(いだ)カム、己(おのれ)」

そう季武が答えると、産女はすぐに

「この子だよ……ほうれ」

原文「此レハ、クハ」

と赤子を差し出すので、季武は赤子を奪い取るなり先を急ぎました。

これに慌てたのは産女の方で、まさか赤子を奪い去るとは思っていなかったようで、

「あぁ、その子を返して下さいな」

原文「イデ、其ノ子返シ令得(えしめ)ヨ」

と追いすがります。

奪われて悲しむくらいなら、そもそも差し出すなよ、とも思いますが、とにもかくにも季武はためらいもなく

「今は返せねぇよ。てめぇこの野郎!」

原文「今ハ不返(かえす)マジ、己」

と、そのまま川を渡り切り、泣き叫ぶ産女の声を聞き流し、赤子を抱いて帰って行きました。

消えた赤子と、若武者たちの証言

月岡芳年『和漢百物語』より、卜部(平)季武。慶応元1865年。

さて、産女の幽霊から赤子を奪った季武は意気揚々と館へ帰ってきました。

「よぅ、行って来たぞ。お前らは『出来っこない』と言っていたが、俺はちゃんと現地に行って、証拠に幽霊から赤子も奪ってやったぜ!」

原文「其達(そこたち)極(いみじ)ク云ツレドモ、此(かく)ゾ××(欠字)ノ渡ニ行テ、子ヲサヘ取テ来ル」

と、赤子を包んでいた袖を開くと、中には木の葉が入っているだけでした。

季武が驚いていると、先ほどの若武者たちが証言をしてくれたので、賭けはめでたく季武の勝ちに。

しかし、季武は賭けた品物を受け取らず、

「あれは(賭けをしようと)言ってみただけで、あれくれぇの事が出来ねぇ奴なんて居ねぇよ」

原文「然(さ)云フ許(ばかり)也。然許(さばかり)ノ事不為(セ)ヌ者ヤハ有ル」

と、豪傑ぶりを最大限にアピール。

以来、季武はその名を大いに高めたのでした。

エピローグ・産女とは

月岡芳年「幽霊之図 うぶめ」肉筆絹本、制作年不明

さて、季武が遭遇した「産女」とは、いったい何者だったのでしょうか。

『今昔物語集』では「狐が人を化かそうとしたもの(原文:狐ノ、人謀ラムトテ為ル)」とか、あるいは「お産が元で亡くなった女性の亡霊(原文:女ノ、子産ムトテ死タルガ、霊ニ成タル)」などと伝えていますが、今回の産女がどちらだったかは、結局判らずじまいです。

しかし、もしも彼女?が狐の化けたものでなく女性の亡霊だったとしたら、憑(と)り殺そうなどの悪意ではなく「ウチの子、抱いてやって下さいませんか?」という思いだったのかも知れません。

この世に生を享けることなく亡くなった赤子に、せめて生きた人間の腕に抱かれる温もりを教えてやりたい。

一緒に死んでしまった自分自身にはかなわない未練を、川を渡る人々に託したかった……そう考えると、少し気の毒にも思いますね。

いつの世も、親子の絆は断ちがたいもの。季武に連れ去られた産女の赤子も、母親と共に成仏されたと信じたいものです。

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