松井秀喜「巨人監督就任」の第一歩!? 長嶋茂雄と“極秘会談” (3/3ページ)
「それは王貞治ソフトバンク会長(78)です。まだメジャーに松井がいた頃、王さんが旧知の記者に“松井の巨人監督はないよ。ナベツネさんが怒っているから”と話していたそうなんです。この時点で、松井監督の目がなかったのは確実でしょうね」(スポーツ紙記者)
しかし、“監督NG”の状況は、松井の現役引退を境に一変。巨人軍の監督人事について、ナベツネ氏の口から“松井”の名前が出るようになったのだという。
「担当記者の囲み取材の中で、“ポスト原”の有力候補として、松井の名を挙げるようになったんです。まず原監督の下で帝王学を学ばせて、それから監督就任というのが、ナベツネさんの構想でした」(巨人番記者)
激怒していたはずのナベツネ氏が、“松井監督構想”を公言。ここから巨人のラブコールは本格化していったようだ。
そして“松井監督誕生” へ向けて、大きく舵が切られたのが2015年。契約満了を迎える原監督の後任として打診されたのだ。
「当時の堤GMが密かに渡米し、松井に監督要請をしたそうです。しかし松井は、これを固辞。堤GMは、“松井が受けなれば、順番を逆にして、由伸を監督にするしかない”と、後輩の名前まで持ち出して説得したといいます」(前同)
当時、高橋由伸はまだ現役選手。監督就任となれば、当然現役続行は難しくなる。「それでも松井は受けなかった。“順番なんて気にしないでください。彼には務まりますよ”と、由伸を推したそうです」(同)
結果、由伸は現役引退し、巨人の監督に就任。現在に至るというわけだ。監督就任を拒んでいた松井が、ミスターと密かに語り合っていたという事実は、“松井監督誕生”の大きな第一歩となるのかもしれない――。さらに現在発売中の『週刊大衆』10月8日号では、ミスターとゴジラの極秘会談の内容について詳しく報じている。