朝ドラ『まんぷく』モデル・安藤百福「どん底から這い上がった」7つの言葉 (3/3ページ)

日刊大衆

おまけに安藤百福名義の不動産は没収、財産をすべて差し押さえられる憂き目に遭う。徴税を強化する当時の税務当局による“みせしめ”で、まったく身に覚えのない百福は裁判で2年間、闘うことになるが、訴えを取り下げ釈放される。

 事業家としては振り出しに戻った百福に、さらなる災難が振りかかる。請われて就任した信用組合が破綻。すべての財産を失い、再び無一文になってしまったのだ。

■「人生に遅すぎるということはない。50歳でも60歳からでも新しい出発はある」

 1957年、戦後間もない頃とは時代は変わり、食べ物は潤沢にあった。大阪府の借家に住んでいた百福はいよいよ「お湯があればすぐに食べられるラーメン」の開発に取りかかかる。

 自宅の庭に作った小屋に調味料や材料を運び込むと一人、即席ラーメン作りに励んだ。平均睡眠4時間、丸一年、1日の休みもなく孤独な開発を続けた。試行錯誤の末、1958年の春、後に『チキンラーメン』と呼ばれる即席ラーメンが完成する。百福は48歳になっていた。

『チキンラーメン』は全国で大ヒット。カップに入れた『カップヌードル』といった、後に世界的に展開する商品も開発し、量産されていく。

 不撓不屈の精神で戦中、戦後を生き抜いた安藤百福の言葉から勇気をもらう人は多いはずだ。NHK朝ドラ『まんぷく』のセリフにも注目したい。

※画像は連続テレビ小説『まんぷく』公式サイトから

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