プロ野球ドラフト舞台裏 ★阪神 横浜高校・渡辺元監督と20年目の雪解けならず

週刊実話

 阪神のドラフトは意味深だった。3度目の入札でやっと1位選手が決まったが、3人とも俊足強肩の外野手。その一貫性は評価できるが、今回の指名に秘められた使命は果たせなかったようだ。

 「毎年のことですが、捕手指名の話は伝わっていました。矢野燿大監督(49)は自身の分身となる司令塔が欲しいようで」(在阪記者)

 矢野監督の分身の指名は見送られたが(育成のみ実行)、「ポスト鳥谷」の方が深刻だった。その正遊撃手候補を巡り、指名リスト作りも遅れたそうだ。元横浜高校監督の渡辺元智氏との“和解”が遠因である。

 阪神と同校の関係がよろしくないという意味ではなく、渡辺氏も阪神に悪い印象を抱いているわけではない。ただ、両者の間にはまだ解決されていない“モヤモヤ”があった。話は'98年ドラフト会議まで逆上る。

 「当時の阪神は早々に松坂大輔から藤川球児に切り換えた。松坂サイドには阪神を敬遠する向きがあったから」(アマ球界要人)

 '98年オフ、阪神は野村克也氏の監督招聘を決めた。野村氏はヤクルトをID野球で日本一に導き、トラ再建にも大きな期待が寄せられた。しかし、解説者時代に小中学生の硬式クラブ指導にも貢献していたため、強豪校の監督たちは有望選手を勧誘すると「野村氏の名前が出てくる」との変な警戒心を抱いていた。その影響か、松坂も野村阪神には全く興味を示さなかった。

 「後に阪神は横浜高校から内野手の高濱卓也を指名しています。でも、'11年1月、FA人的補填でロッテに流出しています」(同)

 そのモヤモヤ感、誤解などを解かないまま、今日に至ってしまったのだ。

 「左打ちの俊足外野手、投手もドラフトで補強するつもりでした。そうなると、ポスト鳥谷となりうる逸材が下位まで残っているかどうか」(前出・在阪記者)

 そこで、阪神が指名リスト入りさせたのが、明治大の渡辺佳明内野手だった。渡辺元監督の孫である。しかし、阪神は相変わらずクジ運が悪く、ドラフト戦略は大きく狂う。結果、ポスト矢野は指名できず、慌てて高校生内野手と社会人内野手を確保したのみ。「下位で指名できる」と踏んでいた渡辺も楽天に奪われた。

 「楽天、阪神ともにリーグ最下位。渡辺は6巡目指名。楽天の次は阪神でタッチの差でした」(同)

 渡辺は大学日本代表にも選ばれた逸材。その孫を預かれば、モヤモヤは解消されていた。ドラフト敗者・阪神の再建は道半ばだ。

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