やくみつるの「シネマ小言主義」 ★歌もダンスもない、インド映画の現在形 『ガンジスに還る』 (1/2ページ)

週刊実話

やくみつるの「シネマ小言主義」 ★歌もダンスもない、インド映画の現在形 『ガンジスに還る』

 世界的に隆盛を誇るインド映画が、一周回って取り組んだ、誰にでも訪れる「死」というベタなテーマを描いた作品です。

 不思議な夢を見て死期を悟り、「インドの聖地バラナシへ行く」と突然宣言する父。戸惑いながらも付き添う息子。2人の数カ月間を描いた本作を見ていると、まるでドキュメンタリーかと思う感覚に陥りました。

 というのも以前、私もバラナシに行ったことがありまして、生と死、清と濁、洗濯場と死体焼き場などが混在している、あの猥雑な状態が「まさに!」という感じで映像になっています。

 というか、実際に行くと、もっとグッチャグチャでした。日本人は、あれほど剥き出しの「死」を身近に感じることなく生きていますし、死を扱う場所はむしろ静謐であってほしいという気持ちがあるので、やっぱり引いちゃいますね。

 ガンジスは「聖なる河」と言われていますが、インドの人には申し訳ないけど、“だったら水はもう少し清くてもいいんじゃない?”と思うほどの濁り方です。ましてやそれを、「聖水」として飲む習慣があるなんて、初めて知りました。

 私は世界の辺境地を旅して回るのが趣味で、足を運んだ有名な河川の水を少量持って帰り、ミニフラスコに密封して保管しているんです。しかし、さすがにガンジス河は汲む気がしませんでした。ナイル川、アマゾン川、メコン川、コンゴ川などはあるんですけどね。

 そして、映画のワンシーンにもありましたが、「ブージャー」という祭りがほぼ毎日行われているんです。まるで、暮れのアメ横の人口密度のまま限りなく広げて、車と牛と野犬をぶち込んだような凄まじい混乱ぶりです。

 一方、現代インドはIT大国でもあり、先進的な顔もあります。本作ではIT企業に勤める息子がその一面を担って、世代間のギャップを表現しています。最初はしぶしぶ付いてきた息子が、まだ死は遠いと思って一時帰宅していた隙に、父は願い通りに旅立ってしまいます。もっとこうしてあげていればと後悔する息子に激しく感情移入しました。

 『親孝行したい時には親はなし』。こんなことわざは、常識として知っていたはずなのに、その立場になって初めて、その意味が分かる愚かさは、自分も母の死で体験しました。

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