田中角栄「名勝負物語」 第二番 福田赳夫(8) (2/3ページ)

週刊実話



 そうした中で、分裂回避にはこの道しかないとして、ついに自民党は時の長老格で副総裁の椎名悦三郎に田中後継の調整をゆだねることとなった。椎名は考え抜いたすえ、それまで党近代化を唱え続けてきた三木武夫を「裁定」した。ところが、田中がロッキード事件で逮捕となると、自民党内は「もはや世論にロッキード隠しは通用しない。三木はキレイ事ばかり言っている」などとして、一気に三木退陣論が噴き出した。

 もとより田中派は、「三木には惻隠の情がない」としてこれに同調。福田、大平ら各派もこれに組みし、「人心を一新して挙党体制を確立する」との名目を掲げて「挙党体制確立協議会」を立ち上げた。世に言われた「三木おろし」の策謀であった。

 孤立状態となった三木は、総選挙を打って反撃の勝負に出たが敗北、責任を取る形で首相辞任に追い込まれた。その後継首相のイスには、福田赳夫がすわった。「角福総裁選」での敗北から4年半、忍従と悲願の末、手にした首相のイスであった。

★福田の“豹変”

 しかし、恬淡とした人柄で鳴っていた福田が“豹変”した。当時を取材した政治部記者の弁がある。

「福田は『ここは僕にやらせてくれ。その次は君だ』と大平に“約束”、自民党両院総会で流れをつくった。大平は『次は自分だ』と確信して福田に協力という姿勢を取ったが、福田に心境の変化が出た。苦節、ようやく手に入れた首相の座を手放すことが惜しくなった。“権力”というものの魔力です。大平という人物は、クリスチャンで人と争うことは嫌いなタイプだが、福田が『禅譲』に二の足を踏み出したことには不信感をつのらせた。その大平の背中を押したのが、田中角栄だった。田中は自らの影響力温存のためには、“親田中”政権をつくることが不可欠と考えた。迷う大平に、田中は言った。『戦うしかない。勝負だ』と」

 かくして、福田と大平は総裁選で激突することになった。事実上の「角福戦争」“第2ラウンド”へ突入である。下馬評は「福田有利」だったが、勝負に出ると全力投球の田中の陣頭指揮のもと田中派が獅子奮迅の働きを見せ、結果は大平が逆転勝利することになる。

 自民党総裁選はこのときから、今の地方票に似た「予備選挙」が導入された。
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