五輪ボランティアは問題山積み? 国際ボランティア学会長が説くあるべき形 | 「結局どうなの? 五輪ボランティア」第4回 (3/8ページ)
オリンピック・パラリンピックボランティアへの批判的な指摘についてはまず、無償で10日間8時間働くというのを決めているやりかたに批判があるのは当然です。
ボランティアの大事なことは自主性とか自発性なのね。枠を決めてそれ以外は認めないという強硬なやり方は、非常に上から目線で、自主性や自発性を重んじようとしないっていうのがよくわかります。
今、文部科学省が学校教育の現場の中で、上からボランティア押し付けることをけっこうやっていて、それが授業にもなっています。ボランティアが必修になっている。そうしたところから、日本のボランティア像がゆがんできているように感じています。
――確かに公立の学校で行われている、奉仕の授業の必修化は一部で問題視されていますよね。
2つ目は、いったんやりはじめたら最後までやりきらなければというのがおかしい。やってみて向かないと思ったら、やめる自由がないと。ドタキャンはどうかと思いますけどね。
それは自発性に基づいた活動だからです。
ボランティアは自発性が大事だというけれど、やるのかを決めるのは自分たち。やり始めたけど面白くないからやめよう、そういう自由もあるのがボランティアです。
――やめる自由というのは意外でした。でも、言われてみればやめられないことのほうがおかしいですよね。
1995年の阪神淡路大震災がボランティア元年と言われていますが、その前の1993年に旧厚生省の中央児童福祉審議会が、ボランティアとはなにかというのをこう定義しているんです。
「個人の自由意志に基づき、個人の技能や時間を進んで提供し、社会に提供する」
そこには無償とか無給とかそんなことは書いてないんです。