非業の死を遂げた名力士 「蔵間(関脇)」 (3/4ページ)

週刊実話

そんな財布でしたから、遊びも豪快そのもの。1晩に100万円使うこともよくありました」

 こんな力士生活を謳歌していた蔵間に思いもよらない病魔が襲ったのは、平成元年の秋場所初日のことだった。

「場所前の身体検査の結果で気になるところがあるので、来てください」
 両国国技館内にある相撲診療所から、このように呼び出されたのだ。そして、再度の血液検査の結果、唯一の完全治癒法が骨髄移植しかないという難病の「慢性骨髄性白血病」に侵されていることが判明する。しかも、骨髄移植の成功率は5割以下。失敗すれば即、死に至ることもある。大変な事態に陥ったのだ。

 このため、とりあえず秋場所は4日目まで出場したものの、5日目から休場。場所後、慌ただしく引退することになるのだが、この突然の休場理由は「脾腫により、1カ月の加療を要す」となっていた。本当のことを明かせば、
「かわいそうに、あの蔵間も先は短いのか」
 と、ファンの同情を買うのは目に見えている。蔵間はそれを嫌ったのだ。美男力士ならではのダンディズムだった。

 蔵間が選択した治療法は、危険をはらんだ骨髄移植ではなく、最先端の化学療法だった。最新の薬を注射しながら慢性状態を保ち、奇跡が起こるのを待つという方法だ。

★病を隠して人気タレントに
 こうして、表面的には平穏を装いながら、蔵間は引退して「錣山」を襲名。親方になったが、その親方暮らしも1年とは続かず、まるで何かに追い立てられるように、平成2年6月には相撲協会を退職。やがて、甘いマスクや持ち前の明るさ、軽妙なトークを生かした大相撲をネタにするタレントに転身したのだ。

 これなら比較的、自由に治療の時間も取れる。

 この思い切った職場転換は当たった。ちょうど若乃花、貴乃花の“若貴”が台頭し、空前の相撲ブームが起き始めたときだった。蔵間は、つい最近まで現役だったキャリアを活かして、ほかのキャスターや記者らが立ち入れないところまでやすやすと潜入。面白い談話やカメラの映像を次々にゲットしてきたのだ。

 このため、たちまち様々なテレビ番組から引っ張りだこ。

「非業の死を遂げた名力士 「蔵間(関脇)」」のページです。デイリーニュースオンラインは、スポーツなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る