非業の死を遂げた名力士 「蔵間(関脇)」 (4/4ページ)
TBS系の『ブロードキャスター』などの情報バラエティー番組にも進出するなど、元力士としては異例の活躍を始めたのだ。“第2の蔵間フィーバー”の始まりである。ただ、それらの番組内の優勝予想では的中したことがなく、
「蔵間さん、今場所の優勝予想ではボクの名前を挙げないで」
と、力士たちから真顔で懇願されたこともあったという、笑えないエピソードも残っている。
しかし、このフィーバーも、そう長くは続かなかった。周囲には伏せ、投薬により懸命に抑えていた白血病が、次第に頭をもたげてきたのだ。
平成5年頃から次第に痩せ始め、平成7年1月5日、ついに入院。病状がどうにもならないところまで進行していた。このため、それまではためらっていた骨髄移植に踏み切る決断をし、その準備も始まった。このとき、成功率はすでに30%以下にまで落ちていた。
そんな矢先の1月26日の夕方、ベッドの横に付き添っていたやよい夫人が一時帰宅した留守中に病状が急変。病院からの一報で、やよい夫人が慌てて病院に駆け戻ったとき、すでに蔵間の呼吸は止まっていた。息を引き取ったのは午後8時16分。引退からわずか5年余り。まだ42歳だった。
「早く(2人の子どもたちの待つ自宅に)帰ってやって」
やよい夫人が最後に聞いた蔵間の言葉は、家族を想ったものだったという。希代のモテ男も、立派な家庭人だったのだ。
この死から8カ月後、やよい夫人は蔵間との16年にわたる結婚生活を綴った『永遠の千秋楽』(ザ・マサダ刊)という本を出版。翌年、それがTBS系でドラマ化されてヒットした。
蔵間役は渡辺徹、やよいさん役は名取裕子だった。
相撲ライター・大川光太郎