天才テリー伊藤対談「安田純平」(1)反抗的だと見られスパイ疑惑まで… (2/2ページ)
安田 しかも、部屋のドアの真ん中に食事を出し入れする小窓があるんですが、それを通して外にある監視カメラが部屋の中を確認できるんです。そのカメラに私の体が少しでも映ると「ドアに近づいて盗み聞きしている」と解釈されてしまうので、カメラに足先を映さないように横を向いて脚を曲げて寝るか、腰をくの字に曲げて寝るか、どちらかの姿勢でいるしかありませんでした。そんな状態が2カ月ほど続いたもので‥‥。
テリー 足が映っちゃうとどうなるんですか。
安田 部屋の電気を消されたり、トイレの蛇口から水を出して高音を流し続けたり、他の囚人を拷問したり‥‥要は、私に対する嫌がらせが続くんです。そこから「○○をしてはいけない」というルールがどんどん追加されて、最終的には「動くな」「声や音を出すな」というところまできてしまいました。
テリー うわー、それはつらいね。
安田 自分でも「これはもう明らかに無理だ」というレベルに達したので、今年の3月に断食を始めたんです。「そのうちお前たちが望むように身動きできなくなるだろうから、死ぬ前に自分を日本に帰せ」と。
テリー 最後の勝負に出たわけですね。
安田 そのまま続けても、「無期懲役」の身ですから。それが効いたのか、3月31日には別の施設に移され、そこで「半月ほどしたら帰す」と言われたんですね。結局、その時は帰れなかったんですが。
テリー どうして安田さんは、そういう扱いをされることになったんですか。
安田 私の態度が反抗的に見えたんでしょうね。身代金が取れないとわかっても「言うことをきけばすぐ帰す」という話だったと思うんですが、拘束が長期化するにつれて、私に対するスパイ容疑が強まったらしいんです。
テリー それは、何かきっかけがあったんですか。
安田 他の囚人と話したのが密告されてバレてしまったり、彼らが壁の向こう側で尋問している最中に水浴びをしたら、盗み聞きしていると誤解されたりといったことが重なったようです。おとなしくしていれば、もっと早く帰れた可能性もあったのかもしれませんが、私自身、ここまでこじれたことになるとは想像できませんでした。