明治時代の教育で浸透?「正座」は茶道における伝統的な姿勢ではなかった (1/2ページ)

Japaaan

明治時代の教育で浸透?「正座」は茶道における伝統的な姿勢ではなかった

以前筆者は、正座は日本の伝統的な座り方ではないことを記事にし、正座が日本人の伝統的な座り方とされる経緯を紹介しました。

正座は日本の伝統的な座り方ではなかった?なぜ「日本人の正しい座り方」になったのか?

これは、お茶の世界でも当てはまることで、元々は茶道において正座をしなければならないという決まりはありませんでした。

茶道を完成させた千利休の時代にも、茶道には正座という作法は存在しませんでした。当時は、身分によって正しい座り方というものがあり、片膝をたてたり胡坐をかいたりと、身分によって座り方はさまざまでした。

そういえば長谷川等伯によって描かれた利休の肖像も正座ではなく胡坐をしている(Wikipediaより)

茶道の世界において、「正座」がいつごろから正しい座り方として認識されるようになったか、詳しくはわかりませんが、少なくとも江戸時代の中頃には茶道のお作法としての正座が正しい所作だと認識されるようになったようです。

そして、それをさらに助長したのが明治時代の教育。明治期になって国民が近代教育を受けられるようになると、「体育」や「修身」の時間に正座を模範的な座り方と教育するようになり、正座という座り方が広く国民に浸透するようになったのは前にお話しした通りです。

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