350年もの間、天皇に「朝ご飯」を届け続けた京都の餅屋・川端道喜 (2/3ページ)

Japaaan

どれだけお腹が空いていても「おあさがきたぞ、それー!」とがっつく訳にいかないのが、位の高い方の辛いところですね。

今でもその川端家の痕跡が京都御所にて確認することができます。

道喜が通行する専用の門「道喜門」がそれです。勝手口のような小さな門ですが、いかに道喜に恩を感じていたのか窺い知ることができますね。

右手が道喜門

道喜はそれだけではなく、御所の修繕も行いました。大工や畳屋などに声をかけ庶民の手で御所を守ったのです。

初代道喜こと五郎左衛門は、隠居したあとは武野紹鴎という茶人の門下で茶道を学び、千利休などと親交を深め、茶会などの菓子を融通するようにもなったとか。今でも裏千家の茶会のお菓子の一つは道喜が用意するとのこと。

お正月には宮中に餅飾りを届ける

また、餅屋なので当たり前といえば当たり前ですが、お正月には宮中に餅飾りを届けていました。
この餅飾りがまた凄い。

三方にまずユズリハを敷き、白鏡餅・赤鏡餅をのせた上に葩(はなびらといって、薄く延ばした円い餅)12枚、小豆汁で色づけした菱餅12枚の順に積みあげます。
その上に昆布2枚を両側に垂らし、細俵をのせ、更に背合せにした 串柿、砂金餅、串柿、海老らを水引でくくります。

三方の四隅には橙2個、柑子(こうじ)2個を置き、周りにカヤの実・搗栗(かちぐり)・野老(ところ=山芋の一種)・柑子・枯露柿(ころがき)を並べるという、豪華な物でした。

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