南武線の駅名に「○○河原」や「川」にちなんだ駅名が多い理由は? (2/3ページ)
向河原駅・駅舎/画像出典:Wikipedia/向河原駅
また「宿河原」は、鎌倉時代に宿場町として栄えていた地域ということから「宿場のあった河原」という意味の地名がつき、そのまま駅名になったと言われています。
「分倍河原」に関しては、元々は開業当時に駅に隣接していた地名から「屋敷分」という駅名でしたが、南武鉄道が立川駅まで延伸した翌月に現在の駅名となりました。
その由来は
鎌倉時代と室町時代に合戦があった「分梅古戦場」または「分倍河原古戦場」が、武蔵国の多摩川河畔のこの地域だったことから名付けられた。 多摩川の氾濫などの影響で収穫が少ないことから、口分田を倍にした地域であったので「分倍」となった。 梅にまつわる土地が多いので「分梅」→「分倍」となった。など、諸説あります。
南武線は「多摩川」と大いに関係ありさて、このように「河原」という駅名の多い南武線沿線の地域は、「川」や「河原」とよほどの繋がりがあるのでしょうか?
実は南武線は、距離の多い少ないはあるものの、全線が多摩川に並行して走っているのです。分倍河原の駅名の由来の中に「多摩川の氾濫の影響で収穫が少ない地域だった」というものがありましたが、特に川崎寄りの南側の駅は、まさに多摩川の氾濫原を走っています。