きっかけは仏教の解釈を巡るケンカ?天台宗と真言宗の開祖は犬猿の仲だった (2/3ページ)
そして804(延暦23)年に遣唐使として唐(現在の中国)に渡り、天台教学・禅・密教などを学んで帰国し、日本での天台宗の確立のために活動しました。
天台宗の寺院・比叡山延暦寺の根本中堂(国宝)と回廊(重文)/画像出典:Wikipedia
一方、現在の香川県善通寺市で地方豪族の家に誕生した空海は、18歳のときに京の官僚養成機関である大学寮に入った、いわばエリート官僚候補生でした。
ところが、天才だった彼には大学寮での勉強ではもの足りなかったのでしょうか?19歳頃から山林での修行を始め、その数年後には「俗世の教えは真実ではない。仏教こそがいちばん優れた思想だ」と悟り、エリートコースを捨てて突然出家してしまいました。
その後も空海は山林修行を続け、仏教思想を幅広く学んだと言われていますが、30歳で唐に渡るまでのことははっきりとは分かっていません。
唐に渡った空海は、「密教」と呼ばれる仏教経典に文字としては残されていないお釈迦様の教えを学び、日本に帰って真言宗を開きました。
真言宗の寺院・安養寺 (岡山県倉敷市)の境内/画像出典:Wikipedia
平安仏教の開祖2人は、なんとケンカ別れ!?仏教界の2人のエリートは、一説には唐に渡るときに同じ船に乗っていたとも、帰国後の日本で交流があったともいわれています。