そんな理不尽な!しょうもない理由で改名させられた鎌倉幕府の御家人・北条時連のエピソード (4/4ページ)

Japaaan

木曽義仲(左)と源義経(右)。知康が唆さなければ、もしかしたら……。

「……そもそもあの知康、かつて木曽義仲(きその よしなか)を唆して法住寺殿(ほうじゅうじどの≒そこに住んでいた後白河法皇猊下)を襲わしめたばかりか、その次は九郎殿(源義経)を誑かして亡き大殿(頼朝公)に謀叛を起こさせしめた天下の奸物(かんぶつ。悪人の意)……にもかかわらず、それを忘れて昵近(※3)を許すなど、いったい何をお考えか!」

(※3)じっきん。そば近くに仕えさせ、親しくすること。「じっこん」とも

親からもらった大切な名前を嘲り笑って改めさせる無情の仕打ち……このように人の心を土足で踏みにじる振舞いが度重なったため、やがて頼家公は将軍の座を追われ、元久元1204年7月18日、幽閉先の伊豆国・修善寺で暗殺されてしまいました。

終わりに

言うまでもなく、名前とは人間の尊厳を表わす大切なもの。どんな親でも、我が子の幸せを願わずに名づける親はいないでしょう。

その思いを、いっときの酔狂で踏みにじればどうなるか。たとえその場は権力づくで黙らせられても、いつか必ず痛烈なしっぺ返しを喰らうことになります。

「雑草という草はない。どんな植物でもみな名前があって、それぞれ自分の好きな場所で生を営んでいる。人間の一方的な考え方で、これを雑草と決め付けてしまうのはいけない」

※入江相政『宮中侍従物語』より

かつて昭和天皇がそう仰ったエピソードは有名ですが、人間もまた、一人々々に名前=尊厳があって、それぞれに人生があり、大切な人がいることを認識すれば、少しは互いを尊重できる世の中に近づけるのではないでしょうか。

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