誕生のきっかけは落葉の再利用!「桜餅」の関東・関西の違いと歴史を紹介

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誕生のきっかけは落葉の再利用!「桜餅」の関東・関西の違いと歴史を紹介

その見た目で春を感じさせてくれる桜餅。春になるとスーパーやコンビニで見かけることが多くなりますね。もうお店に顔を出し始めている頃ではないでしょうか?桜餅は関東と関西で形が少し違うことは知っている人も多いはず。

3月に入りもうすぐ春本番になる今日この頃、桜餅の歴史と関東・関西の違いを見ていきましょう。

桜餅の歴史

江戸自慢三十六興 向嶋堤ノ花并ニさくら餅

桜餅は江戸で考案され、天和3年(1683)には文献でその存在が確認されています。江戸の名所を描いた『江戸自慢三十六興』には向島で桜餅の袋を持ち歩く女性が描かれています。

袋にはしっかり「桜もち」と書かれています。

8代将軍徳川吉宗が隅田川沿いに数千本の桜の木を植えたことで、隅田川は江戸っ子のお花見の名所となりました。それがきっかけとなり、桜餅は隅田川の名物となったのです。

向島名物「桜もち」と今戸人形

こちらは渓斎英泉が描いた桜餅。背景には三囲神社と隅田川が描かれていて、まるで「隅田川といったら桜餅!」と宣伝しているような絵です。

関東風桜餅・長命寺

それでは最初に関東の桜餅を見てみましょう。

関東の桜餅は「長命寺(ちょうめいじ)」と呼びます。写真のような小麦粉の生地であんこを包むのが特徴です。

誕生は江戸・長命寺の門番だった山本新六が、隅田川沿いの桜の落葉を何かに利用できないか考え、誕生したのが桜餅でした。あんこを塩漬けにした2枚の桜の葉で巻いて売ったところ、瞬く間に大ヒット。

『新版御府内流行名物案内双六』

『新版御府内流行名物案内双六』という当時江戸で流行した名物を描いた双六があります。その双六には、天ぷらや寿司といった江戸グルメに並んで桜餅も入っています。

山本新六の店では、桜餅作りに桜の葉を77万枚使用したという記録が残されており、1つに2枚の葉を使用したということは、約38万個の桜餅が売れたということになりますね。

ちなみに、桜餅の生みの親である山本新六のお店「長命寺桜もち山本や」が現在も向島で桜餅を販売しています。江戸で流行った味を食べることができますよ。

関西風桜餅・道明寺

一方、関西の桜餅は「道明寺(どうみょうじ)」と呼びます。

桜餅はもち米を乾燥させた道明寺粉を蒸し、桜の葉で巻いたもの。一般的によく販売されているのはこちらが多いような気がします。

関東で長命寺がヒットしたことを受けて、関西でも売り出されたのが始まりとされています。

もうすぐで桜が咲くこの季節。お花見に行かれる際には桜餅を持っていくのはいかがでしょうか。

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