浮気する男の言い訳 (3/4ページ)
その声は、ぞっとするほど冷たかった。
「じゃあ、舌はあなたではないのですか。舌だって、あなたの一部ではないのですか。なぜ、自分の舌のことを、他人事のように語るのですか。舌が他人ならよいです。それでもわたしが知りたいのは、舌に対する、あなたの気持ちなんです。あなたの舌がわたしを傷つけている現実を、どう思っているかなのです。あなたは、舌の言いなりなのですか。あなたは、舌の奴隷なのですか。そうでないなら、態度で示してほしい」
「いや、すごくわかる、ものすごくわかるし、傷つけてしまったのは申し訳ないんだけど、ただ、人間とは一般的にそういうものであって」
「わたしは、人間と付き合っているんじゃない。わたしは、あなたと付き合っているんです」
プリッツは、私を見つめていた。
「一般論に、逃げないでほしい」
その言葉が、私の胸をえぐったのだ。悲しいほどに、私の心を撃ったのだ。そして私は決めた。舌のせいにするのは、もうやめる。人間だからと開き直るのも、もうやめる。そして毎日、プリッツだけを食べる。月、火、水、木、金、土、日。私の一週間は、プリッツとともにある。浮気はしない。ポッキーは忘れた。ほかの細長い菓子のことも忘れた。塩味のプリッツだけが、私の恋人だ。
しばらく、幸福な日々が続いた。それは穏やかで静かな幸福だった。過去の私は非道であった。しかし今や、私は愛の申し子だ。季節が変わり、花が散り、万物が流転する間も、私の心だけは変わらない。愛とは永遠の別名だ。私は、プリッツを愛している。
しかし、徐々にプリッツの表情は変わりはじめる。悲しみの影が差しはじめる。私もまた、気づいていた。衰弱していた。私の体は、あきらかに衰弱していたのだ。手が震える。不意によろける。めまいで倒れ、嘔吐する。気づきたくなかった。しかし気づいていた。原因は明らかだった。
塩分過多。
私は、塩味のプリッツを食べ続けていた。もはや菓子だけでなく、朝昼晩、あらゆる食卓にプリッツが並んでいた。これが愛だ、これこそが愛なのだと自分に言い聞かせていた。私はもう動けない。布団から起き上がることができない。