浮気する男の言い訳 (4/4ページ)
自宅の一室で寝たきりになった私を、プリッツが見つめていた。
「あなたは、わたしを愛してくださった。心底、愛してくださった。うれしかった。わたしは知っていました。だけども、止めなかった。わがままな女です。あなたの健康よりも、愛を選んでしまった。わたしは、この塩が憎い。どうして、わたしは塩まみれで生まれてきたのでしょう。塩なんて、なければよかったんだ」
「塩まみれだから、好きだったんだ」と私は言った。
「嘘だわ、嘘よ」とプリッツは叫んだ。
私の視界はすでに霞んでいた。まばゆいばかりの光が見える。終りのときが来るのだ。思えば短い人生だった。しかし人生の最期を、私は最愛の菓子とともに過ごしている。プリッツに後悔してほしくない。
「汝らは地の塩なり」と私は言った。
「マタイ伝5章13節」とプリッツが言った。
しばらく沈黙があった。周囲には物音ひとつしなかった。薄れゆく意識のなか、何かを決意したようなプリッツの声が聞こえた。
「シャワーを浴びてきます」
だめだ、と言えなかった。声が出ないのだ。行くな、浴びてはいけない、きみはシャワーを浴びてはいけない。それがきみにとって何を意味しているか、わかっていないはずがない。
しかし声が出ない。腕が上がらない。体が動かない。行ってはいけない。シャワーを浴びてはいけない!
永遠のように思えた時間の後、気がつくと隣にはすべての塩を洗い落としたプリッツが立っていて、私を見つめながら、寂しそうに微笑んでいた。プリッツはやさしく私の体にふれた。それは、悲しい感触だった。
「ねえ、わたし、ふやけてしまったわ」
こうして、私とプリッツは体を重ね合わせたまま、その場で息絶えることになり、その後は天国において永遠の名のもとに結ばれるのか、どうなのか、それはよくわからないが、そろそろ言っておきたいは、私はいったいなんの話をしているのか、ということである。
なぜ、プリッツと2人でこの世を去ることになっているのか。本当に、まずは深呼吸して落ち着け。
(文:上田啓太、イラスト:室木おすし)