小野小町も死んだらドクロ。彼女の遺体が腐乱していく姿を描いた衝撃的な「九相図」の意味とは? (4/5ページ)

Japaaan

秋風の 吹きちるごとに あなめ あなめ……♪
(秋風が吹くたびに、目が痛い、目が痛い……)

いったい何事か、と業平が周囲を調べてみると、足元に髑髏(ドクロ)が転がっており、その目の窪みからススキが生えていました。

そのススキが秋風でゆれるたび、目をグリグリされて痛い、痛い……と、髑髏が泣いているようです。

すると、通りがかった村人が言いました。

そりゃあ小野小町じゃよ。昔は京の都でたいそう持て囃されたそうじゃが、歳をとったら落ちぶれて、故郷に出戻ったッきり、野垂れ死んでそのざまじゃ」

そこまで分かってンなら供養しておやりよ……と思わなくもありませんが、もしかしたら、故郷に帰って来ても過去の栄光が忘れられず、傲慢な振舞いでご近所さんと上手く行かなかったのかも知れません。

ともあれ、かつて絶世の美女と称えられた小野小町と思うと、髑髏の和歌に下の句を返さずにはいられません。

小野とはいはじ すすき生ひけり……♪
(これがあの小野小町か、などと笑ったりはしませんよ。あなたの最期は、生い茂るススキが隠してくれるでしょう)

そう業平が詠むなり、髑髏の歌はピタリと止んだそうです。

慰められた小野小町の霊が、成仏できたのかも知れません。

終わりに・同じ髑髏となるけれど

狩野探幽「三十六歌仙額」より、小野小町。慶安元1648年。

これまで、九相図や小野小町の最期について紹介してきました。

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