襦袢、かるた、金平糖も実はポルトガル語!身の回りには南蛮文化が溢れていた (2/3ページ)

Japaaan

現在多く見られるのは長襦袢で、着物を着たことがある人は着用したことがあるはず。長襦袢は、半襦袢が裾除けと合体したことで生まれました。一枚でさらっと着られた方が楽ですよね。日本古来の伝統的な和服だと思いがちですが、ポルトガルからもたらされた物でした。

合羽

所謂、レインコート。ポルトガル語の「cape」(カッパ)から転じました。(というか、そのまま…)

写真右側にいる男性2人が着用している黒いコートがカッパです。彼らは宣教師。当時来日した宣教師の多くはこのような黒いコートを着ていました。防水性に優れていたため、江戸時代に雨の日用のコートとして開発され、現在の雨合羽になりました。

スイーツ編 金平糖

甘くて美味しい金平糖。見た目も可愛いですよね。金平糖はポルトガル語の「confeito」(コンフェイト)から転じました。

ポルトガル人によってもたらされた南蛮菓子のひとつで、宣教師ルイス・フロイスは織田信長にガラス瓶に入れた金平糖を献上しました。ガラス瓶に入った色とりどりの金平糖に、信長も頬を緩ませたのではないでしょうか。

カステラ

お馴染みのカステラもポルトガル語です(私の大好物…!)。

カステラはカスティーリャ王国のお菓子だったため、カスティーリャをポルトガル語にした「castela」から転じました。金平糖と並ぶ南蛮菓子のひとつで、宣教師によって平戸に伝えられました。

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