襦袢、かるた、金平糖も実はポルトガル語!身の回りには南蛮文化が溢れていた (1/3ページ)
前回は南蛮屏風に見えるカルサンやロザリオなどの、ポルトガルから伝来したファッションをご紹介しました。
京都で流行ったポルトガルファッション!「南蛮屏風」から南蛮文化を覗いてみようしかしキリスト教の禁教により、日本はポルトガルとの交易を断然します。それでは、京都で流行った南蛮文化は消えてしまったのでしょうか?実は消えるどころか日本に深く根付いていきました。そしてそれは現代の私達の周りにたくさん溢れています。
ファッション編ポルトガル人が履いていたカルサンを日本人が真似して履いたことは前回紹介しましたが、実はこれだけではありません。
襦袢下着として着物の下に着用する襦袢。実はポルトガル語の「gibao」(ジバン)が転じたものです。
伝来時は袖のない胴着のような物だったといいます。戦国時代にヨーロッパへ渡った天正遣欧使節が、帰途の際にインドで宣教師から贈られたという記録が残っています。


