人間の歯や髪を使用して作られた聖職者「アレクサンダー・ペデン」の革マスクとその人生 (3/4ページ)

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・農夫になりながらも説教を続けたペデン

 釈放された翌年、ペデンは短期間アイルランドに戻り、再び長老派を非難した。彼らが政府に手紙を出して、スコットランドの長老派が戦ったボスウェル・ブリッジの闘いを認めないと言ったことがその理由だった。

 その後の1682年、ペデンはアイルランドのグレンウェリー(バリミーナとラーンの中間)で、ウィリアム・スチールとその妻に農場労働者として雇われて働き始めた。

 日々の労働が終わると、使用人の少年と共に納屋で眠った。2日間後、この少年が、ペデンが眠らずにスコットランド教会の迫害されたメンバーの名をとなえながら、一晩中祈っている主人に訴えた。

 聖職者なのかと問われたペデンがそうだと答えたため、この日から、スチール夫妻は彼を納屋で寝かせたり、野で働かせたりするのをやめ、周辺地域で説教をさせた。

 ペデンは1685年までグレンウェリーに滞在し、スコットランドに戻ると最後の説教をした。

 1686年1月、苦難と窮乏に苛まれながら60歳で亡くなった。その40日後、政府軍は埋められた彼の遺体を掘り出して、死体を吊るすことを計画していたが、一部から反対の声が上がったため、死体を絞首台のふもとに埋めた。

 1891年、ペデンの遺体が埋められた場所には記念碑が建てられた。
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