北島三郎、志村けん、岩下志麻…“平成”を彩ったスーパースターたちの名場面インタビュー (2/4ページ)

日刊大衆

 ただし、不倫騒動、森昌子との離婚など私生活ではトラブルもあった。また、病との闘い、『おふくろさん』の作詞者・川内康範との軋轢など、ネガティブな出来事も多かったが、それはいずれも平成後期の話。

 本誌の独占インタビューに応えてくれたのは、公私ともに絶好調だった1992年(平成4年)のことだ。当時の森は、慈善活動をライフワークとしていた。「自分だけ美衣美食、飽食していていいのだろうか、ということを考えるわけです。人助け、世の中のために、何かやろう、の気構えなんです」

 その生真面目な性格は、ゴルフにも反映される。「ストレス解消につながらないんです。自分の性格がでちゃうのかなあ。やり始めると一生懸命になってしまう」と自己分析する。

 私生活をあまり語りたがらない森だが、我が子についてはうれしそうに話した。「(休日は)1日中、一緒に遊んでクタクタですよ」

 2人の息子は現在、それぞれロックミュージシャンとして活躍中だ。

■1990年(平成2年)6月11日号「炎の激白 五木ひろし」

 五木ひろしは、平成に放送された全30回の『紅白』にフル出場した唯一の男性歌手である(女性歌手では石川さゆりがいる)。昭和から続く連続出場記録は森進一と並ぶ48回のタイ。森の勇退で、令和初の紅白に出場すれば記録は更新。北島三郎が持つ最多出場記録(50回)も射程に入れている。

 そんな演歌界の大スターが本誌に登場したのは、バブル経済華やかなりし1990年(平成2年)。自分の原点は、芸名を3回も変えた売れなかった時代と語る。

「(別の歌手が)アッという間に人気歌手の座を滑り落ちる姿を目の辺りにしましたし、売れない奴のひがみも知った。

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