祝『令和元年』日本人の9割が知らない「元号トリビア」19連発! (3/6ページ)

日刊大衆

■トリビア6
元号制度が定着したのは「大宝」から

「大宝」(701年)という元号で思い出すのは「大宝律令」。日本初の本格的な法令制度と言われる大宝律令の中に「公文書には元号を入れる」と記されたことで実質的に日本の元号制度が正式にスタートした。ちなみにこの大宝律令で初めて明記されたのが「国号を“日本”とする」。元号制の始まりと共に“日本”も始まったのだ。

■トリビア7
ガセネタ”で付けられた元号がある

 701年、「対馬から金が献上された」という吉報が朝廷に届いた。それまで日本での金の産出例はなく、中国や朝鮮半島からの輸入に頼っていた。それが日本の対馬で金が採れたというのだからめでたい。早速改元しようとなって付けられたのが文字通り「大宝」(701~704年)。ところがこれ、まったくの嘘。この金は朝鮮半島の金を“対馬産”だと偽って、精錬業者と地元民が共謀して献上したものだと後に判明。つまりガセネタがきっかけで付けられた元号。“大宝”とは無念だったというわけ。

■トリビア8
“お肌がスベスベになったから”の理由で付けられた元号がある

 時の元正天皇(女帝)は近江・美濃国に行幸した際に、多度山の美泉(現・岐阜県養老町)を訪れた。帰京後「お肌がスベスベになり、痛いところにつけると痛みがとれた」と、かの地の水を大絶賛。あまりの感動に付けられた元号が、その土地にちなんで「養老」(717~724年)。お肌にいい水が由来で改元するとは、これも“女帝”ならでは?

■トリビア9
スッポンが原因で改元されたことがある

 奈良時代、珍しい亀(というかスッポン)が天皇に献上された。それが背中(甲羅)に“北斗七星”の模様がある超レアなスッポン。「これは天から授かった吉兆である」と喜んだ元明天皇(女帝)はさっそく元号を「霊亀」と改めた。奈良時代にはこうした“珍しい亀”きっかけで改元されたことがなんと4回もある。ちなみに「霊亀」への改元と共に元明天皇は娘の元正天皇へ譲位。

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