祝『令和元年』日本人の9割が知らない「元号トリビア」19連発! (4/6ページ)

日刊大衆

これは日本の歴史上唯一の“母から娘への譲位”である。

■トリビア10
元号がない“空白期間”が2回ある

 実は元号には2回の空白期間がある。654~686年の32年間。そして「朱鳥」という短い元号を挟んで再び686~701年の15年間。理由は元号制が始まったばかりで定着しておらず、さほど重要視されていなかったこと。この期間に天皇崩御や皇位継承に関する乱(壬申の乱など)が相次ぎ政権内がゴタゴタしていたことが挙げられる。

■トリビア11
ハレー彗星の出現にビビって付けられた元号がある

 永延3年(989年)6月1日(現7月11日)に姿を現したハレー彗星は、その日以降毎晩出現し、人々を恐れさせた。記録によれば彗星の長さは肉眼で1.5mもの長さに及んだという。“不吉なことが起きる予兆に違いない”とすぐさま改元され「永祚」となったものの、改元直後に近畿一円が巨大台風に襲われ甚大な被害が出た。残念ながら改元効果はまったくなかったようだ。

■トリビア12
天皇が改元しても認められなかった元号がある

 鎌倉時代末期の元徳3年(1331)、後醍醐天皇の倒幕計画が発覚。天皇は山城国笠置山に逃れて挙兵し、元号を「元弘」へ改元した。しかし鎌倉幕府はそれを認めず「元徳」のままの元号を使い続けた。そのうえ後醍醐天皇を廃位して、光厳天皇を即位させ、笠置山に逃れていた後醍醐天皇を攻めて隠岐島へと配流した。元号が認められないどころか、天皇の座も追われてしまったのだ。

■トリビア13
元号が2つ同時にあった時代がある

 日本の歴史上、同時に2人の天皇が存在した時代がある。南北朝時代(1331~1392)だ。この時代は北朝側が付ける元号と南朝側が付ける元号の2つの元号が並行して存在していたことになる。最終的に南北朝合一が成立して北朝側の「明徳」に統一されるまでの約61年もの長きにわたって同時に2つの元号が存在していた。

「祝『令和元年』日本人の9割が知らない「元号トリビア」19連発!」のページです。デイリーニュースオンラインは、カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る