ウルトラタロウ、武蔵坊弁慶…それあり!?かなりビックリなキラキラ四股名の力士たち

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ウルトラタロウ、武蔵坊弁慶…それあり!?かなりビックリなキラキラ四股名の力士たち

キラキラネームは力士にも!?

近年、子供に「キラキラネーム」と呼ばれる個性的な名前を付ける親が増えていると言います。

筆者は昭和生まれですが、現代ならともかく当時としては「キラキラネーム」の範疇に入る名前だったため、小中学生時代は学校などでかなりからかわれた思い出があります。

さて、そんな個性的な名前が付けられるのは、何も一般人に限ったことではありません。相撲の黎明期から現代まで「えっ!?それってありなの?」と思うような四股名を名乗った大相撲の力士が、何人もいました。

それでは見ていきましょう!

い 一(かながしら はじめ)

昭和時代に存在した力士です。

「い」は「いろは歌」の最初の最初の仮名なので、そこから「い」と書いて「かながしら」と読ませることになったと思われます。

(画像出典:かつて「かな文字」は女性用だった?「かな文字」成り立ちの歴史と秘密に迫る)

ちなみに明治時代の大坂相撲には、「い 助治郎(かながしら すけじろう)」という力士も存在しました。

武蔵坊 弁慶(むさしぼう べんけい)

武蔵川部屋に所属していたハワイ出身の力士で、1987(昭和62)年9月に初土俵を踏みました。

後に横綱となる武蔵丸の先輩にあたり、素質は武蔵丸を上回るとまで言われ期待されましたが、結局日本の相撲界になじめず、早々に帰国してしまいました。最高位は序二段59枚目でした。

月ノ輪 熊之介(つきのわ くまのすけ)

錣山部屋所属の力士。気が優しく大人しい性格だったので「土俵上では熊のように荒々しくなれ!」という願いを込め、2005(平成17)年9月場所よりこの四股名を名乗りました。

その後は「寺尾鵬」「闘王富士」を経て、2016(平成28)年1月場所より「大海原」という四股名に改名しました。

宇瑠虎 太郎(うるとら たろう)

式秀部屋所属の力士。『ウルトラマンタロウ』にちなんで9代目式秀親方により名付けられました。「3分間全力で土俵上で動き回ってほしい」という願いを込めた四股名で、2018(平成30)年1月場所からは同じ読み方の「宇瑠寅 太郎」に改名しました。

相撲はかなり長い相撲になっても大体3分以内には勝負がつくので、力士の四股名としては無敵ですね。

播磨灘 隼斗(はりまなだ はやと)

尾上部屋所属の、2019(令和元)年5月場所の時点で西序二段21枚目の力士です。
「播磨灘」という四股名は、もともとは相撲漫画『ああ播磨灘』の主人公の四股名で、現実に使用された前例はないものでした。

ところが2017(平成29)年5月場所より、それまで本名の「山名 隼斗(やまな はやと)」として土俵に上がっていた力士が、この四股名に改名しました。

架空の四股名が実在の力士の四股名となる例は、かなり珍しいとのことです。

もしかしたら今後、相撲漫画『火ノ丸相撲』の主人公「潮 火ノ丸(うしお ひのまる)」「鬼丸 国綱(おにまる くにつな)」などを名乗り、実在する四股名にしてしまう力士が現れるかもしれませんね。

参考リンク
火ノ丸相撲
ああ播磨灘

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

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