戦慄の「アイドル襲撃」実録60年<昭和の記憶篇>吉永小百合を震撼させた「草加次郎事件」 (1/2ページ)
スターがスターであった昭和の時代、ステージと客席の垣根は今よりはるかに高かった。その厳戒態勢を越えて突進する猛者たちが引き起こした事件は、今も鮮烈に記憶されている。
石川敏男レポーターがこれまで立ち会った記者会見の中でも、特に忘れられないのは岡田奈々(60)の「マンション暴漢侵入事件」だという。
「覚悟を持って誤解を振り払うために、気丈にも会見を開いた。強い子だったな。ただ皮肉なことに、その勇気ある行動が彼女のアイドル生命を縮めることになってしまった」
77年7月15日未明、窓から押し入った暴漢は果物ナイフで岡田を切りつけ、両手に30針を縫う重傷を負わせる。男は午前7時にはマンションを出たというが、会見では厳しい質問が飛び交った。
「暴漢に襲われなかったのかというニュアンスでマスコミは何度も聞くんだけど、彼女は毅然としていた。そもそも、手に包帯を巻いた状態で出てきたんだから」(石川氏)
その男が誰であったのか、今もわからぬままである。
さて、芸能史で最も古い女性の襲撃事件は、57年1月13日に浅草国際劇場で起きた「塩酸事件」に始まる。かけられたのは、19歳にして歌謡界の女王に君臨していた美空ひばり(享年52)だ。かけたのはひばりと同年代の少女で、熱狂的なファンでありながら「顔が醜くなるのを見たかった」という幼稚な動機であった。
不幸中の幸いというか、ひばりの顔に傷は残らず、その後もヒット曲を量産していく。
ひばりの後輩として売り出されたこまどり姉妹は、やはり公演でショッキングな出来事に見舞われる。66年5月8日、鳥取の公演で双子の妹・敏子(81)がファンの少年に腹部を刺された一件である。姉・栄子(81)とともに、2人は週刊アサヒ芸能に詳細を語ってくれている。
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敏子 あと1ミリずれていたら大動脈に達して、死んでいたかもしれません。
栄子 偶然ですが、その数日前に鶴田浩二さんの映画を見たんです。