次々と命を落とす乗組員…10年に及ぶサバイバル生活。江戸時代の漂流民・大黒屋光太夫の生涯 その2 (1/2ページ)
前回に引き続き、江戸時代の漂流民、大黒屋光太夫の過酷なロシア漂流物語についてご紹介します。
10年に及ぶ過酷なサバイバル生活。江戸時代の漂流民・大黒屋光太夫の生涯 その1 アムチトカ島光太夫一行が着いたのは、北太平洋アリューシャン列島の中のアムチトカ島という島でした。海獣の皮などを身に纏った先住民のアレウト人と出会った時は、殺されるかもしれないという危機感をも持った光太夫一行でしたが、それは杞憂であり、光太夫たちは言葉も通じないアレウト人と共に島で暮らす事になったのでした。
アムチトカ島の風景 Wikipediaより
のちに分かった事でしたが、島にはラッコなどの海獣の毛皮をロシア人が多く滞在しており、交易という名目でアレウト人を隷属して島の資源を搾取していたのです。
未開のアムチトカ島の環境は決して整ったものではなく、食べ物も粗末で気温は日本と比べ物にならないほど寒く、服も動物の毛皮を着るしかないといった状態でした。漂着時点で16人だった神昌丸の乗組員はこの島で次々と命を落とし、9人にまで減ってしまいました。
