エンバーミング~処置をしないという選択~ (1/2ページ)

心に残る家族葬

エンバーミング~処置をしないという選択~

エンバーミングとは遺体に滅菌防腐処理をして感染症リスクを軽減したり、埋葬までの保存期間を延ばしたりする衛生保全処置のことである。専門的な技術により病気やケガで失われた故人の面影を元気だった頃に近い状態に復元することもできる。 エンバーミングの専門技術者はエンバーマーと呼ばれる。日本のエンバーマーの第一人者である橋爪謙一郎さんは、その著書の中でエンバーミングがいかに遺族の悲しみをケアするのに役立つのかというエピソードをたくさん紹介している。しかしその中に、橋爪さんがエンバーミングできなかった事例がひとつだけある。その事例を紹介しよう。

■永遠に別れたくないからという依頼理由

橋爪さんはエンバーミングの依頼者である遺族から、処置後の遺体はどのくらいの期間自宅で保管できるのか、と何度も確認される。できるだけのことをしたいと思った橋爪さんは安置する予定の期間を尋ねた。
すると遺族は「亡くなった母親は自分の全てだった。すぐに別れるなんてできない。」「エンバーミングすれば何年もそのままの状態が保てると聞いたことがある」「埋葬の予定はない」と言うのだ。
しかし、これでは処置することはできない。橋爪さんもメンバーである日本遺体衛生保存協会(IFSA)の自主基準に抵触する。50日以内に火葬もしくは埋葬する確約がないと処置はできないのだ。

■「あなたの人生が犠牲になります」

IFSAがそのような基準を設けている理由は、日本の宗教や習俗を尊重すると同時に、遺族が遺体に執着するあまり自分の健康を蝕んでしまうことを避けるためである。また橋爪さんは、エンバーミングの目的は遺族が故人と心置きなくお別れできることで、悲しみから立ち上がる手助けをするものだという信念があった。橋爪さんは思わず「ご遺体に執着していては、あなた自身の人生が犠牲になります。」と遺族に訴えた。愛する人の死に向き合わないことは感情に蓋をすることだ。生きることに向き合わないのに等しい、と橋爪さんは考えたのだ。

■エンバーミングは行われなかった

結局、3時間の話し合いの末にエンバーミングは行われなかった。話し合いの詳細は著書で明らかにされていないが、遺族は遺体を自宅に保管することを諦めたのであろう。

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