天才テリー伊藤対談「ハリウッドザコシショウ」(2)リストラのあとも挫折が続いたの!? (1/2ページ)

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天才テリー伊藤対談「ハリウッドザコシショウ」(2)リストラのあとも挫折が続いたの!?

ザコシショウ そうかもしれません。翌年には浅井君と「G★MENS(ジーメンス)」というコンビを結成してデビューしました。

テリー さすがに最初から今みたいな芸風じゃないでしょう。コンビの時は、どんなネタをやっていたの?

ザコシショウ いえ、昔から正気じゃないようなネタばかりでしたね。「なんでやねん!」のタイミングで「アーッ!」って奇声を発するような。

テリー アハハハ、奇声がツッコミなんだ。

ザコシショウ 静岡出身ですから、関西弁のツッコミに違和感があるんですよ。奇声だったら万国共通だと思って。

テリー くだらないなー。それ、ウケたでしょう。

ザコシショウ ホームランか三振のどっちかで、目も当てられないくらいスベることもあって。しかも打率は、1割8分くらいなんですよ(苦笑)。

テリー ハハハ、ほぼ負け試合じゃない。

ザコシショウ そんな感じだったので、活動拠点だった「心斎橋筋2丁目劇場」が取り壊された際に「増えすぎた芸人を整理しましょう」ということで、僕らはリストラされたんですよ。

テリー えっ、吉本から「お前らクビだ!」って言われたの?

ザコシショウ いえ、そこの芸人でリーグ戦をやって決めるんですが、僕ら全然ウケなくて最下位のクラスに落ちてしまって。

テリー あらら。

ザコシショウ それで「事務所を変えて、イチからやり直そう」と2人で上京してナベプロ(現・ワタナベエンターテインメント)に入るんです。とんとん拍子でレギュラー番組も決まったりしたんですが、その1年半後にはコンビを解散しました。

「天才テリー伊藤対談「ハリウッドザコシショウ」(2)リストラのあとも挫折が続いたの!?」のページです。デイリーニュースオンラインは、週刊アサヒ芸能 2019年 6/27号ソニー・ミュージックアーティスツハリウッドザコシショウテリー伊藤芸人エンタメなどの最新ニュースを毎日配信しています。
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