米Military Times、今年のエアマン・オブ・ザ・イヤーにアフガンで戦ったCCTの軍曹を選出 (2/3ページ)

ミリタリーブログ

イラクとシリア、2014年には陸軍第7特殊部隊緊急即応部隊の一員として中東某所にも派遣された。

エアマン・オブ・ザ・イヤーに選出された理由は、2018年のアフガニスタンにおける、2週間にわたる戦闘である。折しも8年ぶりに行われるアフガニスタン下院議会総選挙に向け、タリバンが候補者や投票所を襲撃し、治安が悪化していた。アフガニスタン国軍だけではこれに対処できず、各国軍が支援していた。

スミス軍曹はJTACとして12名の陸軍特殊部隊員や情報機関の人間などからなるチームに所属し、65人のアフガニスタン兵とともに地域からタリバン勢力を追い出すミッションについた。

そして2018年10月14日、シリン・タガブ地区のとある村で激しい戦闘が発生した。この村はタリバンが拠点としており、米軍チームは1度彼らを追い出したものの、再び戻り防護を強化して米軍を待ち受けていた。その数は600人。スミス軍曹のチーム約10倍にもなる。

タリバンは強固なバリケードとIED(即席爆弾)によって村に入ろうとする米軍の動きを封じ、あらゆる方向から機関銃と迫撃砲の弾を浴びせ続けた。スミス軍曹は車両から飛び出し、民間人の負傷者を救護しつつ、空中支援の誘導を行っていた。自軍に対し近すぎる位置、いわゆるDanger-Closeの距離に11回投弾させるなどして195人を殺害。そのうち1発は、500ポンドの大型爆弾を自分から50メートルの位置に投弾させている。

しかしスミス軍曹自身も無事ではすまなかった。彼の周囲に3発から5発の迫撃砲弾が着弾し、彼は失神しかけた。しかし衝撃のショックで嘔吐するも、彼は治療を拒否し数時間の間戦い続けた。米軍チームは最終的に村の北部に撤退。奇跡的に死者なく、基地に帰投することができたのである。

スミス軍曹はこう述べている。

「自分は特別な存在からは程遠い。

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