カンニングに誘われた。どうするのが正しかった? #大学1年生の転び方 (3/5ページ)
ならば、評価軸を「正しい/正しくない」から「ダサい/ダサくない」にズラして、みんなに再考を促すことができたら、そこまで浮かずに「カンニング友の会」から抜け出せたのではないでしょうか。
人生がダサくなるのはちょっとイヤだな、と思った友人が一緒に足抜けしてくれた可能性だってなくはない。
だいたい、みんなでカンニングし合おうなんて言い出すやつは、それを得意になってやっている節があるので、「ダサい」と言って冷や水を浴びせるくらいが丁度いいんですよ。実際、あらゆる不正の中でも、かなりダサいですからね、カンニングって。
ですが、これはあくまで妥協案です。「浮いてしまう」ことを恐れる方への対症療法でしかありません。本当は悪事を通じて友達と繋がるなんて意味がないですし、「正しさの何が悪い!」と開き直っていいと思います。
その結果、仲間から浮いてしまうのは、とても苦しいことでしょうが、こういう繋がり方をした友達とは、卒業したらどんどん疎遠になっていくものです。一生モノの友情は望めないと思います。だったら、いま浮いても同じじゃないですか。
正しい選択というのは、決断した瞬間は心細くても、やがて大きな自信へと繋がっていきます。周囲に流されなかった自分、おかしいことをおかしいと言えた自分、孤独に耐えた自分……これらは、人生を豊かにする養分です。その養分は、心と体を巡り巡って、自分の魅力の源となるでしょう。そうした魅力に引き寄せられてくる人達と、あらたな友情を育めたら最高ですよね。

この方は、いまのところ「文句を言いながらもみんなについていく」タイプなのかもしれませんが、この先の人生、正しい選択を重ね、自分自身が魅力ある人物になってグループを引っ張る、という道だって十分ありえると思います。正しさを信じる自分を、押さえ付けるんじゃなくて、もっと愛して、伸ばしてあげたらいいんじゃないでしょうか。