歴代総理の胆力「原敬」(4)政権「10年遅かった」と無念の弁 (2/2ページ)

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 原の死は前述の通り海外からも惜しまれたが、原自身はいささか未消化だった政権を降りる際、「あと10年早く総理大臣になっておればもっとやれた。10年遅かった」と、大いに悔しがったものだった。

■原敬の略歴

安政3(1856)年2月9日、陸中国(岩手県)盛岡城下の生まれ。生家は旧南部藩家老職。分家独立して、平民に。第四次伊藤内閣逓信相を経て、衆議院議員当選。総理就任時、62歳。大正10(1921)年11月4日、東京駅にて暗殺される。享年65。

総理大臣歴:第19代1918年9月29日~1921年11月4日

小林吉弥(こばやし・きちや)政治評論家。昭和16年(1941)8月26日、東京都生まれ。永田町取材歴50年を通じて抜群の確度を誇る政局分析や選挙分析には定評がある。田中角栄人物研究の第一人者で、著書多数。

「歴代総理の胆力「原敬」(4)政権「10年遅かった」と無念の弁」のページです。デイリーニュースオンラインは、週刊アサヒ芸能 2019年 8/8号内閣総理大臣原敬山県有朋小林吉弥社会などの最新ニュースを毎日配信しています。
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