プロレス激談・藤波辰爾×天龍源一郎が語る「ジャイアント馬場とアントニオ猪木」 (3/4ページ)

日刊大衆

僕が全日本を辞めるまで、馬場さんから「夜中に金を渡したんだから“ごちそうさまでした”くらい言え。コノヤロー」なんてことは1回も言われなかったですよ。

藤波:天龍さんに対する信頼があったんでしょうね。新日本はみんなで食事したら、金庫番の山本小鉄さんが払ってくれました。前借りも小鉄さんのところに行ってね。坂口征二さんの体制に変わってからは「何に使うんだ」と細かく聞かれるようになったけど(笑)。

ーー猪木さんは、実業家の顔もお持ちですよね。

藤波:我々とは考えている次元が違いました(笑)。僕たちは「いい車に乗って、大きな家に住みたい」という夢があったけど、猪木さんは、そんなことに執着しないんですよ。

天龍:新日本のほうが儲かってましたよね。テレビ中継を見ても、会場が埋まってるから羨ましかったもん。

藤波:猪木さんの馬場さんに対するライバル心が、大きく作用したと思いますよ。豪華な外国人選手が呼べる馬場さんに対して、猪木さんは異種格闘技戦をやったり、無名のタイガー・ジェット・シンをスターにした。テレビ中継している会場に空席が見えたら、猪木さんは営業担当を呼びだして殴ってましたね。今だったら、問題になっているかもしれない(笑)。

天龍:逆に、馬場さんが営業に声を荒げているところは一度も見たことがない。頭にきていたとは思うんだけどね。金沢で興行があったとき、馬場さんから「この客入りで会社にいくら残ると思う?」と聞かれて、「1000万円は残るんじゃないですか」と答えたら、「バカヤロー。何十万だよ」と言われたことがあるんですよ。その日は、ほとんど招待客だったらしくて怒ってました。でも、営業に「馬場さん、今日の売り上げです」と数字を見せられて、それが良くても悪くても葉巻から煙を吐いて「そうかぁ」と言うだけ。

ーーいつでも、悠然としていたんですね。天龍さんはそんな馬場さんから、1989年11月に札幌でフォール勝ちしました。

天龍:重たくて、なかなか持ち上がらないんだけど、「これでも喰らえ」と、パワーボムを決めて。「返してくるだろうな」と思ったけど、そのままフォール勝ちしたんです。でも、「馬場さん、返せたんじゃないですか?」と戸惑いました。

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